弊社パートナーコンサルタント・佐藤 良氏の人気コラムより、石井遼介氏『心理的安全性のつくりかた』の書評をお届けします。
2012年、Googleがチームの生産性をどうすれば高められるかを調査した【プロジェクト・アリストテレス】。そこで分かったのは「心理的安全性」が生産性を高めるためにとても重要だということ。
石井遼介氏の著書「心理的安全性のつくりかた」では、心理的な安全を実現するポイントを日本人のマインドに合うように上手くまとめてくれています。今回は全4回の第4回です。
「行動の品質」と「歓迎したい行動」は切り分ける
前回説明した嫌子や好子というみかえりに関係なく、仕事そのものが楽しくて行動が続くとき、もっと言えば「やりたくてやっている仕事」のことを、本書では「価値づけされた行動(Valued Behaviors)」と呼びます。これが、いわゆる【モチベーション3.0】です。
モチベーション2.0の時代は上司がアメとムチを使ってマネジメントしていましたが、現在は仕事自体が「好子のみかえり」という、モチベーション3.0のマネジメントが理想。その実現には心理的安全性が必須となってきます。
これまで、組織内で部下の仕事のクオリティが低いときに上司が叱責することは、指導の上で重要とされてきました。場合によっては「部下のためにあえて厳しくしている」という信念の人もいます。ですが、心理的安全性の確保においてこれは間違いです。
スタンフォード大学でサイエンス・ディレクターを務めるエマ・セッパラ氏の記事でも「厳しいマネジャーは部下にプレッシャーをかければパフォーマンスが高まると考えている。それは間違っており、高まるのはパフォーマンスではなくストレスである」と論じています。単に厳しくすることや、嫌子を与えることにあまり意味はありません。
「そんなことを言っても実際に質が悪かったらどうするんだ。きちんと叱った方がいいじゃないか」と思う人がいたら、モチベーション3.0にアップデートが必要です。そのためには、いちど「行動の品質」と「歓迎したい行動」を切り分けて考えてみましょう。
例えば、会社に業務報告のクオリティが低い新人がいるとします。あなたが上司の立場だとして
1.「君の報告はわからん。ちゃんと分かりやすく報告してくれ」
2.「報告ありがとう。わからない部分があったので補足してくれるかな?」
というふた通りのみかえりを与えるなら、その後の部下の行動品質が上がるのはどちらだと思いますか?
心理的安全性の点からいえば、正解は後者です。
もちろん「スキルが低くてよい」「成果が出なくてよい」と言っているのではありません。ただ、その新人は「分かりやすく報告してくれ」と指摘を受けてすぐに改善できるなら、最初から分かりやすく報告しているはずです。
ここで重要なのは「行動の品質」と「歓迎したい行動」は切り分けて考えるということ。
なぜなら、報告に来たという行動自体は歓迎すべきものなのに「行動品質の低さ」に主眼を置いたがために、トータルでは「叱責」や「プレッシャー」という嫌子を与えてしまうからです。それが続くと部下は「報告に行っても怒られるだけ」と行動弱化を起こし、職場の心理的安全性は業績と共に下がってしまいます。
スティーブン・R・コヴィーの著書『7つの習慣』でも「公的成功のための行動は人格と切り分ける」と書いているように、人格を否定してもお互いの信頼残高を減らすだけで生産性はありません。信頼を築いてから行動の修正を行うのがポイントです。
ルール支配行動における3つのパターン
これまで説明してきた行動分析のフレームワークは実際に行動しないとみかえりが発生しないものですが、本書では「言語行動」を活用することによって、体験する前に行動が好ましいかどうかを判断することができると述べています。それによると、私たち人間がもつ言語能力の本質は、シンボルを現実と関連づける「シンボル操作能力」。
例えば、セイレーンという女神があしらわれたスターバックスのロゴは、単なる絵柄を超えて私たちに「コーヒー」「すてきな接客」「居心地の良い場所」といった現実を想起させます。このようなシンボル(文字・記号・音声等)を「現実」と関連づけられる力がシンボル操作能力で、組織論に応用した場合は【ルール】というシンボルを使って行動をコントロールし、エラー体験を減らしながら成果を出すことが可能になるのです。
本書ではこれを「ルール支配行動」と呼び、主な3つの行動パターンを紹介しています。
1. 言われた通り行動
これはその名の通り、言われた通りに行動することです。「ルールだから守る」と言い換えてもいいかもしれません。この「言われた通り行動」は、行動自体からのみかえりは感じていない状態で、ルールを提示した人が与えてくれるみかえりを重視しています。
このルール支配行動下ではチームメンバーが「顔色をうかがう」モードになりやすく、結果として罰と不安による心理的【非】安全なマネジメントに陥る確率が上がります。
ですが、この「言われた通り行動」は成果が出るまで時間がかかるプロジェクトには有効というメリットがあります。このパターンは行動直後のみかえりを必要としていないので、成果が出なくても継続し、最後にルールの指示者からみかえりを与えられることで納得するからです。この場合、ルールを指示した人の人格(尊敬や信頼されているか等)が継続の重要な要素となるので、体験型研修などでは外部講師の方が効果を得られやすくなります。
2. 確かにそうやな行動
こちらもルール通りの行動をとりますが、行動そのものからみかえりを感じている点が「言われた通り行動」と異なります。
実は同じ行動でも、ある人にとっては「言われた通り行動」であり、別の人にとっては「確かにそうやな行動」である……ということは少なくありません。
例えば「手を洗いなさい」という言葉のきっかけがあり、それに対して「手を洗う」という行動をとった場合で考えると「言われたから手を洗っている」人もいれば「実際に手がキレイになるというみかえりを実感しながら洗っている」人もいるということです。
「言われた通り行動」の人は、言った人の顔色をうかがいながら、そのまま続けるか手抜きをし始めます。一方「確かにそうやな行動」の人は、効果を実感するのでもっとみかえりを期待して改善していきます。
3. そんな気してきた行動
仕事自体が楽しく、仕事そのものがみかえりであるモチベーション3.0の人に新たなみかえりを与えることで、モチベーションの強化や再構築を期待する行動です。
楽しんで仕事をしている人に「あなたの仕事は会社にとって大きな力になっている」といった評価を与えることで更なるモチベーションを引き出すことなどが該当します。
ただし、本人にとって嫌子となるみかえりの場合は逆にモチベーションが下がってしまうので注意が必要です。
組織においてルールがつい「言われた通り行動」として実行されてしまうのは、ルール策定者やマネジャーが説明をサボってしまうことが大きな原因です。
「決まりですから」「決まったことなので」という口ぐせが常態化する組織は、この「言われた通り行動」が蔓延するようになります。このような行動のルールだけを説明するのではなく、きっかけとみかえりをセットで伝えることが「確かにそうやな行動」を生み出すポイントなのです。
ここでいう「きっかけ」とは、そのルールがどういうときに活用できるのかということ。そして「みかえり」は、推奨された行動をとったらどのような結果になるのかということ。「きっかけ」と「みかえり」によってそのルールの本質を見抜き、結果をブラッシュアップしていくことが重要です。
リーダーとして心理的安全性を高めるために
職場における心理的安全性の確保には様々なアプローチがあることが分かりましたが、最後にリーダーが具体的にできることについて、本書にアイデア集がありますのでそこから少しご紹介します。
まず、部下やメンバーに対する感謝の表現方法について。感謝は感情でなく動詞で考えて行動することを推奨しています。そして「理由をつけた感謝」に変えていくこと。すると、理由をつけて感謝を伝えるためには実際にメンバーをよく見て、普段から気にかける必要があることに気づきます。これにより「感謝さえすれば思い通りに動く」という表面上の心理テクニックから脱却し、あなた自身が「メンバーをよく見ている良いリーダー」へ変わることができるのです。
次に「話しかけること」について。日立製作所フェローの矢野和男先生によると、心理的安全性の高いチームは5分から10分程度の短い会話が多いことや、週次で実施する1時間の会議より毎日5分の会話を重視することがわかっています。
リモートワークなどにより対面のコミュニケーションが減った今、リーダーは自らが部下の困りごとに耳を傾ける場をしっかりつくって、心理的安全性を担保する姿勢が求められるでしょう。その際はくれぐれも、審問や取り調べにならないよう気をつけてください。
私自身、チームで仕事をしてたくさん失敗してきました。しかし、そういったうまくいかない現実の一つひとつが行動を変えるチャンスをくれたのです。その結果、不安・罰・立場で人を動かそうというのではなく、好子・大切なこと・価値行動(モチベーション3.0)でメンバーと共に仕事を進められるようになり、ずいぶん楽になりました。無駄に感情を疲弊させることなく、自分自身の価値づけされた行動(モチベーション3.0)に集中できるようになったのです。そこで自分を見出しながら、同時に自分では出来ないことがわかったからこそ、敬意を持って周囲に助けを求められるようになりました。
皆さんも心理的安定性のある環境づくりを大切にして、モチベーション3.0で仕事を楽しんでください。