M・Tコンサルティング代表 水谷梨恵のインタビュー 〜企業が成長する教育体系とは〜 後編をお届けします。前編はこちらから
経営戦略の一部として教育体系がもたらすもの
教育体系は常に経営戦略の中心に位置づけていくものということでしたが、実際に教育体系を構築していくことで、どのようなメリットがあるのでしょうか
教育体系の軸ができてくると、少なくともその企業にとって「理想とする社員はどういう人財なのか」というビジョンが見えてきます。立場や役割ごとに求められていることが整理されていく……というのがメリットです(ただ、言葉で言うのは簡単ですが、現実はもっと複雑で、共通理解に向けては様々なツールを駆使しますし、職能要件をマネージャークラスに落とし込むだけでも労を要します)。
そして、教育体系を運用していく中で重要なのは「社員が段階的な成長を実感できているか」「部下の必要な努力や主体的行動をどうすれば見落とさずにできるか」を、まずは上位者が考えながら業務遂行していくこと。それらを常態化していくことが、学習する組織への変容にとって大きな要素と言えます。
一人ひとりが組織目標を見据えた行動をすることで、組織は徐々に活性化していきます。そのときの成長ベクトルが「期待される社員」にしっかりと向けられていれば、その結果は企業価値の向上に集約されていきます。
教育戦略における研修の位置づけとその目的
企業が教育戦略で研修を組む場合、気をつけることとしてはどのようなことがありますか?
研修を設定するにあたり、大事にしていただきたいポイントはいくつかあります。
その中でも重要なのは「1度や2度研修を行った程度では、そう簡単に変わらない」という事実を受け入れていただくことです。弊社にも「トライアルで1度実施してほしい」という依頼がたまにありますが、あまりオススメはしていません。なぜなら、それでは成果がほぼ出ないからです。
そもそも、研修によって「知った!」「分かった!」となっても、それはインプットされただけの状態。ビデオゲームのように、次の日から手に入れたアイテムをいきなり使いこなすことはできません。
現実として、日々の業務で試行錯誤しながらアイテムを活かし、それが組織力を向上させて最終的に売上げや利益につながるようになるまでの道のりは遠いです。そのことを念頭に置いて、計画性を持ち、何を目的に研修設定をするのか、会社としての人材育成方針を精査しながら、考えていただくことを大事にしてほしいです。
マネジメントスキルを必要とする管理職向けの研修についてはいかがですか?
マネジメントスキルに関しても基本的に同じことが言えます。
例えば、部下を育てるには人財育成に必要な思考力、柔軟性、そのほか労務知識や自己コントロールスキルなどが求められますが、実際のところ、経験上の勘や人間的魅力だけで表面上できているように見える、またはできていると思い込んでしまうのがマネジメントです。
学ばずとも、ある程度の役職までは凌いでいけるかもしれません。ですが、職位が上がれば上がるほど、無意識的に身についた力だけではいずれ苦労することになります。
そのためには、やはり計画的な階層別教育というのが重要となってきます。端的に言えば「いずれは管理者になる、そのための勉強を早い段階からしていく」ということです。
ちなみに、弊社の社名であるM・Tコンサルティングの由来にもなっているのですが、マネジメントスキルを身につけるためには、理論と実践のトレーニングが効果的です。この相互関係こそ教育に欠かせないということを伝えたいので、社名に採用しています。
そして、マネジメントスキルをトレーニングで身につけていくためには、研修自体も課題解決型や実践型の方が好ましいです。私たちは個々のマネジメント力を研修の中で見ていきながら、研修後の効果検証も必ず行っています。
このように、企業は研修を通して何を実現したいのか、どういった状態になれば求めている成果を得やすいのか、組織が目指す先はどこなのか……これらを研修の実施を通して思案していくことで、本当の効果が現れるものだと考えます。1度や2度の研修では変わらないということは、そういう理由からです。ひとりの人間が苦楽を乗り越えて成長していくのと同じように、人的資本経営というのは一朝一夕でできることではないのです。
「階層別研修」と「評価制度」は必ずセットで考える
「階層別研修と評価制度はセット」というのはどういうことなのでしょうか
評価制度は、成長する組織であるためのツールと考えていただくのが分かりやすいかと思います。
組織の成長に必要不可欠なのは人の成長であり、個々の成長を促すために評価というものは存在します。ジャッジだけが目的ではありません。
そして「要件基準などで求められていることは分かるが、実際に何を考えてどう行動すれば評価に値するのか」
「求められているスキルを持ち合わせていない」「自分の業務では具体的な目標設定が難しい……」といった悩みや課題を超えていくために用意するのが研修でもあります。
人が育つには、上司との日々の関わりや1on1でのサポート、環境などの他力的要素も必要ですが、個の努力が何より重要です。
新入社員研修で「自分を育てるのは誰?」と聞くと、決まって「上司」という言葉が返ってきます。その答えは決して間違ってはいません。ただ、自分を育てることが確実にできるのは自分だけです。
昨今では、ステージごとに目指すものが可視化され、そこへ到達しやすくするために研修を用意する、ここまでを会社側がお膳立てするという考え方は「自然」になりつつあります。「会社が求めることは可視化するから、そこまでは自分でたどり着いてほしい」というのは、よほど優秀な方ではない限り困難を要するでしょう。それにより、その人自身のキャリアが大きく変わる可能性もあるということは覚えておいてほしいです。
また、評価者側のスキル不足や、いわゆる「会社の事情」的な問題で、適正に評価・給与(賞与)連動がなされていないということもありますが、これらは当然、社員のエンゲージメント低下を引き起こすファクターとなります。
なお、これは個人的な話ですが、評価制度が絶対に必要かと言われると、私はそうではないと思っています。実際、弊社の顧問先で導入していない企業様も存在します。
その会社の社員数は70名程度で、教育や指導に関する仕組みが機能しており、各プロセスにおいても場面に応じて適切なフィードバックができている。決められた数の面談も行っている。また、会社の現状や給与に対しての説明も明確にできていて、社員からも不満の声はさほど上がっていない。組織全体の雰囲気もいい。
経営者の「評価制度はまだ導入したくない」という意思を尊重している背景はありますが、何より、人を育てることの仕組みが整っていて、育成に関しての意識も意欲も社員が持ち合わせているのであれば、評価制度を無理に導入する必要はないと考えます。
教育を通して企業の未来像を社員と重ね合わせるには
ここまで教育体系づくりについていろいろお話を伺ってきましたが、教育を通して社員に会社や組織の「未来像」を共有していくのはどうすればいいのでしょうか
「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」という言葉があります。それは企業理念、経営理念、行動指針など、言い方はそれぞれですが、「当社はこういうことをするんだ!」と、社会に対して企業が約束しているもの、いわゆる「存在意義」のようなものが企業には必ずあります。
そういった企業や組織のMVVはもちろんですが、私は自分自身のMVVも大事だということを伝えたいです。
自分のキャリアに対してのミッション・ビジョン・バリューというのは、私にとって、会社員時代にくじけそうになったとき、何度も自分を奮い立たせてくれた「お守り」のような存在でした。
ただ、研修などでMVVを訊いたところでうまく言語化できる人はそういません。ですので、そういう話を上司側からすることで、部下や若手が「会社と自身の未来像」を考えるきっかけとしてほしいです。上司が「俺の若い頃は……」と話すのは、残念ながらあまり役に立たない話であって、MVVのような話題こそしていく価値があると思います。なぜなら、誰かから教えてもらわないと気づくことができない領域であり、彼らにとってキャリア形成の土台となっていくからです。
もちろん、上司が部下を導くために必要なスキルについては学び続けなければいけません。それが今の時代の「背中を見せる」ということです。継続的に学び、時代にアジャストし続ける、それが新旧の価値観と交わり、組織の風土を形作っていくのです。
最後に繰り返しとなりますが、教育体系の構築というのは、キャリアマネジメント方針、いわゆる社員のこれから先の30年がイメージできるものになっているか、人に対する指針は社員の共感を呼ぶものとなっているか、経営陣も関わって一緒に汗をかいているかということが大事だと考えます。
この仕事に携わってきて思うのですが、教育というのはすごくワクワクする仕事。
ある社員が学びによって、これまでできなかったことができるようになり、それがきっかけで考え方が変わり、見違えるように成長していく。そういったプロセスや場面に立ち会えたときの喜びはひとしおで、毎回本当に感動します。それだけ教育というのは業務スキルだけではなく、個々のパーソナリティや人生に影響を及ぼすものなのです。
会社の未来を見据えた上で、教育を「投資」と考えるのか「コスト」と考えるのか、皆様はどちらでしょうか。