コンサルタント・水谷 梨恵が、日々の業務から思ったことを綴るコラムをお届けします。
トランスジェンダーの部下との出会い
今回は弊社で働いてくれている、あるスタッフの話。
彼は性自認 (性の自己認識)において「身体の性」と「心の性」が一致せず、自分の身体に違和感を持つトランスジェンダーです。
日本では現在、法務省をはじめ各自治体や団体によって性の多様性への理解を深める活動が進んでいますが、私にとって、彼が実質的に初の性的マイノリティの部下でした。
彼と一緒に仕事をするにあたって、上司として、または経営者として考えを改めたり、会社の仕組みを変えたりする必要があったかというと、特にありません。
採用の際、本人から「オモテに出ない(対面でのお客様対応がない)業務で」という要望がありましたので、それを受け入れた程度です。
では、一般的な企業ではどうでしょうか。弊社もダイバーシティ関連の研修やセミナーで、性的マイノリティのスタッフ受け入れの際に生じる課題などを相談されるケースがあります。
主に、以下のようなものが多いです。
・自社社員が当事者のカミングアウトを自然に受け入れられるのか
・ロールモデルがいないので働き方やキャリアの相談にのれない
・制服の場合、メンズ・レディースどちらを使用してもらうべきか
・社内のトイレや更衣室はどちらを使用してもらうべきか
そのほか「同性婚の場合の結婚休暇」「性自認が男性のスタッフの生理休暇」が福利厚生の対象に該当するのかといった、複雑なケースもあります。
そのような課題に対し、制度づくりで解決できるのは恐らく4〜6割程度でしょう。
残りの課題解決に必要なのは「当事者がどうありたいか」を周りが理解することではないでしょうか。
ちなみに、弊社のダイバーシティに対する考え方はいたってフラットです。余計なバイアスは一切なし。実際、この5年間で彼に対して上記のような点でこちらがなにか対応を考えなければいけなかったことはありません。そういう意味では「彼はトランスジェンダーだから」という印象を持っていたのは本当に最初だけだったと思います。
社会全体が多様化を考えなければならない昨今、ダイバーシティやインクルージョンと言われて思考停止をせず、目の前の人物を曇りのない瞳で見られるようにしたいものです。
これからの「副業」のあり方とは?
彼の勤務状況についてですが、平日は自動車関係の企業で業務をこなしているため、それ以外の時間に週換算で10〜15件のタスクを依頼しています。つまり、弊社の仕事が副業ということになります。業務は主に文章校閲や資料作成、動画編集などをお願いしていますが、とても優秀。仕事は丁寧かつ正確です。
彼の仕事ぶりで魅力に感じているのは「スタートダッシュ」タイプというところ。仕事をお願いすると、必ずといっていいほど設定した期日より前に仕上げてくれます。非常に責任感が強い人です。
また、仕事はテレワークで、作業に対し時給換算で給与を支払っていますが、その時間計算も自らに対してすごくシビア。「時給換算でもらうなら、無駄な時間がないよう効率的に作業したい」と、努力しています。
「時給制だから」「副業だから」といった甘えを決して持ち込まず、真摯に業務に勤しんでくれる姿には、私も胸を打たれることがあります。彼からしてみれば金額や条件で力の入れ具合を変える考えはなく、与えられた仕事に「本業」も「副業」もないのでしょう。その働き方を表現するならば「複業」という言葉がいちばんしっくりきます。
平成から令和へ変わった2019年ごろを境に、政府が進める働き方改革のひとつとして「副業解禁」を推進する動きが加速しました。現在も主要な大手企業が続々と副業を解禁し始めています。
一方で、彼のように能力がありながら社会的マイノリティという理由で働き方を制限され、収入のために「副業」を選んでいる人は多いです。
彼の場合は弊社に来る際に「オモテに出ない業務であれば」という要望がありました。もしかしたら、もうひとつの職場でも同じ要望を出しているかもしれません。
恐らく、過去に様々な経験をした結果「自分らしさを制限されずに仕事をする条件」として提示しているのだと思います。
働き方改革としての「副業解禁」が大企業からビジネスの裾野へ広がり、本業だけで生活することが難しいダイバーシティワーカーの受け皿として機能していることは喜ばしいですが、本質的には「マイノリティということで働き方が制限される」こと自体を是正していかなければいけない。それが真の働き方改革ではないかと考えています。
多様性と相互理解がもたらす人としての成長
一緒に仕事をしたこれまでの5年間で、彼は成長しました。
私は明確に「育てよう」という意識は持っていませんでしたが、業務に対して乗り越えられるであろうハードルを設定して、依頼する度に少しずつ上げていきました。
私の仕事の振り方に関しては定期的にヒアリングの機会を設けており、ときには(いや、割と頻繁に)本音で意見をぶつけ合うこともあります。
トランスジェンダーのこと、副業のことは彼の人生だから尊重する。
でも、遠慮はしない。そのかわり、彼も遠慮しない。
そのような人間関係を作れたことが、成長するための土台になったのではないかと思います。
もちろん、成長は私にとっても。
先日担当した研修では性的マイノリティの参加者がいましたが、事前に知らされていなかったにも関わらず、自分でも驚くほど普通に接することができました。
今考えれば、それは私の中の多様性や相互理解に関して、彼と仕事をしてきた5年間がある意味試された瞬間だったと思います。即座にナチュラルな対応ができたことが、嬉しかったです。
現在、私は彼を自社のスタッフとしてだけでなく、ひとりの30代男性として「仕事を通して人生を豊かにしてほしい」と考えて接しています。
一方、彼はというと、社労士の資格取得を目指しているようです。
本業でも週に5日働いていますが、相変わらず弊社の仕事も一切手を抜きません。
先日は「依頼者の意図を汲んで仕事をする考え方などは、もう一方の職場でも活かすことができている」と言っていました。
今となっては彼が私の仕事における「最後のフィルター」と感じるほど、頼りになる存在。
今後もそのプロ意識で会社に貢献して、周りに良い見本となってほしいと思っています。