コンサルタント・水谷 梨恵が、日々の業務から思ったことを綴るコラムをお届けします。
企業が覆面調査を依頼する理由とは
弊社業務のひとつに絶対調査というものがあります。
これは一般的に「覆面調査」や「ミステリーショッパー」などと呼ばれるもので、調査員が依頼を受けたクライアントの店舗を一般客として訪れ、接客等のサービスや商品の質、店舗のクレンリネスを調査しています。今回はその絶対調査についてお話しします。
(注:絶対調査®は株式会社 M・Tコンサルティングの登録商標です)
みなさんは職場で覆面調査のような、いわゆる抜き打ちのチェックがあったらどう思いますか?
自分がチェックを受ける立場なら、あまりいい気分はしないという人が多いのではないでしょうか。
「知らないうちにコソコソ調べられるくらいなら堂々と指摘された方がいい!」と考える人も多いでしょう。ですが、社内の人間がどう頑張っても「気づくことのできない課題」がそこにあるからこそ、我々のような第三者が調査をする必要があり、ニーズが存在するのです。
そのような課題は、一つひとつを見ていけば小さなもの。
普段は見過ごされることが多く、業績に影響を与えるとは誰も思いません。
ですが、放置すれば確実に大きくなっていき、いつか大きな損失を被るのです。
ある老舗サービス企業は長らく業界でトップシェアを誇っていましたが、突然業界1位から転落しました。
そのとき起きていた事象は
・十数年ほど前から各店舗の売上げがゆるやかに下がっている
・店舗のCSに関して、アンケート結果は悪くないがリピート率が他社より低い
・あそこはボッタクリという噂が流れた
などといったもの。
役員達は内情を知るため弊社にコンサルティングを依頼、まずは各店舗に対し絶対調査(覆面調査)を実施することに。調査の詳細を話すことはできませんので割愛しますが、結果的に多くの課題が見つかりました。調査後、会議で結果を報告したら現場の店舗責任者が猛反発。
「普段の接客はできている。調査員の来店時に忙しかっただけじゃないのか」
「うちの店舗はクレームを受けたことはない。いいがかりだ」
と反論する店長もいました。
同席していたある役員は「事実を受け入れられる店長があまりに少なかった」ことに衝撃を受け、これが業界1位から転落した遠因と悟ったそうです。
ちなみに、我々は絶対調査の結果を報告する際、このような意見が出ることは想定していますので万全の対策をして臨んでいます。調査は必ず単一店舗に対し定期的に複数回実施。また、専門調査員と一般調査員によるクロス調査で異なるユーザー視点の確保もしっかり行っています。場合によってはあらかじめ競合他社を調査しておくこともあります(競合調査は基本的にオプションです)。
そのときの会議では店長に「定期的に複数回調査をした結果」ということをお伝えしたところ、納得されたようでした。
調査員が突きとめた業績低下の原因
絶対調査を実施したことによって見えてきた課題、それは最初に挙げた
・十数年ほど前から各店舗の売上げがゆるやかに下がっている
・店舗のCSに関して、アンケート結果は悪くないがリピート率が他社より低い
などといった事象と関連していました。
結論から言うと今回の原因はズバリ、社内教育に力を入れてこなかったからです。
この企業はあるときから社員教育をやめています。かろうじて接客・接遇用に社内インストラクターがいる程度で、根本的な社内の教育体制を失っていました。事実として我々が調べた結果、社員教育をやめた時期と売上げが下がり始めた時期がピッタリと一致しています。
しかし、そうであればなぜアンケートの結果は悪くないのでしょうか。そこにも理由がありました。
絶対調査によってプロの目で判定したところ、各店舗で「接客サービスは非礼ではないが、心がなく形だけになっており、クレームが来なければOKというサービスに終始していた」という調査結果が出ていたのです。個々の力量に丸投げされたことで社員のサービスマインドが希薄になり、スキルがあってもホスピタリティが感じられないサービスとなっていました。さらに、リピート獲得のための施策を積極的にしていなかったことがわかり、リピート率が下がっていた理由も突きとめることができました。
このように、覆面調査によって社内の人間が「気づくことのできない課題」を見つけ出すことは、企業にとって大変有意義なことです。サービスに関して、自社でレポートラインを作ってマネジメントし、問題が発生すれば速やかに自浄作用を機能させる……といったシステムを構築するのは並大抵の労力ではできません。
また、クレンリネスなどと違い人的サービスには「笑顔」「さわやかさ」といった評価基準があいまいな部分も多く、これらを定期的にチェックして一定基準のクオリティを保ち続けるのはとても難しいことがわかります。ですから、業界を熟知した専門調査員があらゆるサービスを定量化し、極めて客観的な評価を下すことができる覆面調査は需要が尽きないのです。
業績に直結するサービスの「体験価値」
私自身が感じていることですが、近年はいわゆるファストフード、ファストファッション等、そこまでハイクラスの接遇が求められていない業界においても、接客レベルが大きく向上しています。ある宅配サービス業社は荷物の受け渡し後にスタッフが必ず脱帽し、一礼をすることで顧客評価が上がったそうです。
なぜ、それらの業界が接客・接遇サービスに高い意識を持つようになったのか。大きな要因としては、SNSなどソーシャルメディアの普及で一億総ジャーナリスト化した現在、顧客の「体験価値」が業績に直結するようになっているからではないでしょうか。
サービスの体験価値向上によってお客様がファン化し、その中の一定数がインフルエンサーとなって企業の魅力を広めてくれる。ファストフード、ファストファッション業界はこれまでのようにコストパフォーマンスを優先するより、サービスを向上させた方が費用対効果は高いと気づいたのです。
一方、ハイエンドの接遇が求められる業界は停滞している印象が拭えません。
伝統やブランド力のある老舗企業が力を持ち、入れ替わりが少ないためサービスにいまさら本腰を入れるという企業も少ないでしょう。
ですが、実際に我々が現場を見て、プロの目で感じるのは深刻な「サービスの形骸化」。
一流ブランドのスタッフでひと通りの接客は問題なくとも、お見送りしたあと急に無表情になり、そそくさとその場から立ち去るのを何度も見てきました。
ハイクラスの接遇を看板にしている企業はこのような時代だからこそ、自社のサービスを振り返ってみることをおススメします。