弊社パートナーコンサルタント・佐藤 良氏の人気コラムより、石井遼介氏『心理的安全性のつくりかた』の書評をお届けします。
Googleは2012年に【プロジェクト・アリストテレス】と称して、チームの生産性をどうすれば高められるかを調査しました。そこで分かったのは「心理的安全性」が生産性を高めるためにとても重要だということです。
今回ご紹介する石井遼介氏の著書「心理的安全性のつくりかた」は、多くの本でも述べられている心理的な安全を実現するポイントを、日本人のマインドに合うように上手くまとめてくれています。
心理的安全性とはなにか?
あなたはチームに貢献しようと自分なりに考えて行動したとき「勝手なことをして怒られるかもしれない」といった不安を感じることはありませんか?
その心理に一石を投じたのが、Googleのプロジェクト・アリストテレスでクローズアップされた「心理的安全性」です。
ビジネスプロジェクトにおいて心理的安全性の高いチームとは、ひと言でいうと「メンバーが健全に意見を戦わせ、生産的な仕事をすることに注力できる集団」のこと。すなわち、何か発言したり行動したりすることで、無知・無能・邪魔・否定的だと思われないか?という対人リスクを気にせず、仕事にまい進できる状態です。
プロジェクト・アリストテレスでは「チームの効力感(仕事ができると感じていること)」と「心理的安全性(自由に発言し助け合う風土があること)」を比較した結果、どちらもパフォーマンスに寄与するが、心理的安全性の方がより大きく効果を発揮することが分かっています。
リモートワークで生産性が下がった理由とは
では日本のビジネスにおける現状はどうでしょうか。
急速に拡大したリモートワークによって「チーム化がうまくできない」「コミュニケーションが減少して新規プロジェクトが進まない」といった問題を抱える企業が増えているようです。ただ、私から見ればそのような職場では、すでにリモート以前から問題が発生し始めていたと思います。在宅勤務になったことで顕在化したのでしょう。
そして、そうしたチームの人間関係では、部下を信用できない上司が監視ツールの使用や定期報告などのマイクロマネジメントを行い、さらに心理的安全性を奪っていきます。
「チームの生産性向上のために」と考えて施した対策によって部下の心理的安全性が脅かされ、逆に生産性を低下させている現場は少なくないのではないでしょうか。
リモートワークで生産性を上げるのは決してそのような業務フローではありません。
こまめな雑談・困りごとの吸い上げ、電子ホワイトボード(OneNoteなど)を利用したファシリテーション、リアルで集まったときのハイブリッドワークだということを覚えておいてください。
また、心理的安全性について人々が誤解する最たるものが、いわゆる「ヌルい職場」。
つまり、人間関係は和気あいあいとしているが納期も守らず、ストレッチした仕事もせず、コンフォートゾーンの中にいる……といった職場を心理的安全性の高い職場だと勘違いしていることです。
もちろん、そうではありません。実際そのような職場は仕事のやりがいや達成感に欠けるため、意識の高い社員がどんどん離職していき崩壊します。
真に心理的安全性の高い職場は、挑戦することを楽しめるはずです。それはすなわち、仕事そのものが楽しいという動機で働き、なおかつ挑戦するときは周りが助けてくれるという心理的安全性が確保できている職場を意味しています。
日本の職場に心理的安全性をもたらす4つの因子
本書では、日本の職場には4つの因子が心理的安全性に寄与することを説明しています。
その4つとは「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」です。
それぞれ解説していきます。
1. 話しやすさ
例えるなら報告がネガティブなものであっても、隠し事なく「事実としてあがってくる」ようなチームのことです。
2. 助け合い
個々がタスクをこなし、各自の責任で積み上げればプロジェクトが完遂されるという仕事の仕方ではありません。個人が困ったときに拠りどころとなる「相談の場」があり、それをチーム全体で共有しながら助け合う風土のことです。
3. 挑戦
冗談のようなアイデアや仮説を歓迎し、論理的な正解を越えた右脳型のジャンプをチームで試すことができる風土。感性でひらめくイノベーションにトライできる風土が「挑戦」因子です。
4. 新奇歓迎
一人ひとりは本質的に違い、価値観も違っていいという多様性のある風土。どれだけ違っていても包み込むという、SDGsの「誰ひとり取り残さない」にあたる考え方です。
人間を同質な集団として一律に扱うことは、マネジメント側の手間を減らします。しかし、このVUCAの時代にチームとして競争力を持つには同質性を前提としたマネジメントではもはや足りないでしょう。新奇歓迎は、現代のダイバーシティ&インクルージョンに繋がっているのです。
心理的安全性の変革は、これら4因子の醸成度合いに応じて「行動・スキル」「関係性・カルチャー」「構造・環境」の3段階に分かれています。第1段階の「行動・スキル」とは、チーム一人ひとりの行動ができているか。第2段階の「関係性・カルチャー」は、そのような行動を積み重ねた結果、チーム内の人間が学習した習慣や行動パターンです。
そして、最上位にあたる第3段階の「構造・環境」は、それを支える組織の構造が4因子によって変化し、心理的安全性を確保している環境です。ちなみに、日本経営品質賞(JQA)やトヨタグループのMASTなどがこの視点を与えてくれます。なお、本書のスコープは「関係性・カルチャー」の段階です。
生産性の高いチームづくりに必要な考え方
給料は「苦痛に耐えたボーナス」で、絶えず「怒られないための仕事」や「トラブルの犯人探し」をしている。そんな職場に心理的安全性がもたらされることで、人々は意義あるゴールに向けて健全に意見を戦わせ、助け合い、生産性の高い仕事をするようになります。
最後に、そのような心理的安全性に導くリーダーとしての考え方を2つご紹介しましょう。
1.自分自身を問題の中に入れて考える
ある日、メンバーが仕事でしくじったとしましょう。それを外から責めることは簡単ですが「自分もするべきことはなかったか?」と内面から考えることが大切なのです。
これはスティーブン・R・コヴィーが著書『七つの習慣』でいちばん大切にしている【インサイドアウト】という考え方と同じ。それは「過去と他人は変えられない。変えられるのは自分の未来と自分自身のみ」ということです。たとえ相手に100%の落ち度があったとしても、自分を問題の外に置いて非難している限り、相手に影響を与えることはほとんどありません。少なくとも、あなたが相手から深い信頼を得られている状況でない限り、残念ながら意味はないのです。
2. 自分自身の「行動」を振り返る
ひとつめの「自分自身を問題の中に入れる」と「自分自身の行動を振り返る」は繋がっています。自身を問題の中へ入れて行動を内省し、柔軟に変えていくところから変革の旅は始まるのです。
他人のせいにしてただ非難していても、ポジションの高い誰かが組織を変えてくれるのを待っていても、社長や役員が交代してくれるのを祈っていても、組織やチームは変わっていきません。
こうした【インサイドアウト】の考え方こそ、心理的安全性のある組織づくりに必要不可欠なのです。
いかがでしたでしょうか。結局のところ、人間の行動はいいことも悪いこともいずれ自らに還ってきます。心理的安全性のためには、全体を意識しながらすべてに当事者意識をもって取り組むことが大切です。ただ、そうやって自分だけがどんどん仕事を押し付けられる状況になっていては、心理的安全性が無いといっているのと同じ。心理的安全性のある組織では、周りの誰もがインサイドアウトで自分のやれることをやり、困っていたら助け合います。しかし、そのようになっていない職場で誰が最初にやるかといえば、それはあなたなのです。