弊社パートナーコンサルタント・佐藤 良氏の人気コラムより、石井遼介氏『心理的安全性のつくりかた』の書評をお届けします。
2012年、Googleがチームの生産性をどうすれば高められるかを調査した【プロジェクト・アリストテレス】。そこで分かったのは「心理的安全性」が生産性を高めるためにとても重要だということ。
石井遼介氏の著書「心理的安全性のつくりかた」では、心理的な安全を実現するポイントを日本人のマインドに合うように上手くまとめてくれています。今回は全4回の第2回です。
リーダーシップに必要な心理的柔軟性とは
石井遼介『心理的安全性のつくりかた』では、人事権のようなポジションに紐づいた他者への影響力のことを「パワー」と名づけて「リーダーシップ」と明確に区別しています。なぜなら、むやみにパワーを振りかざすリーダーシップのもとで心理的安全性の高い環境は実現しないからです。
本書では、パワーの度合いによって、リーダーシップのスタイルは以下の4つに分類されるとしています。
1. トランザクショナル(取引型)
古典的なアメとムチ・成果主義
2. トランスフォーメーショナル(変革型)
ビジョンと啓発で導く
3. サーヴァント
メンバーの支えとなり、活躍を支援する
4. オーセンティック
メンターとなりながらメンバーに本来の自己を認知させ、実力を発揮させる
1がいちばんパワー偏重のリーダーシップ、そこから2、3、4とパワーの度合いが減っていきますが、それに伴って心理的安全性が高くなります。
ここで注目したいのは、1は論外として、2、3はコーチング、4はカウンセリングにあたる内容だということ。本書では、リーダーは心理的安全性を確保するために「パワー」を使うのではなく、これらの心理的アプローチをリーダーシップと定義して、状況に合わせて使い分けることを提唱しています。このように、個性やシチュエーションに合わせてしなやかにチームを変えていくことのできる「心理的に柔軟なリーダーシップ」が本書の提案です。
信頼や尊敬は強制できない
では、心理的柔軟性のあるリーダーシップに必要な要素とはなにか。それは以下の3つに表されています。
・変えられないものを受け入れる
・大切なものへ向かっていく
・それらをマインドフルに見分ける
これは、正論にとらわれず役に立つことを重視する機能的文脈主義と考え方が似ています。
心理的安全性研究の第一人者エドモンドソン教授の著書では、人々が互いに信頼し尊敬し合っていることを、チームの心理的安全性の前提条件として述べています。しかし「信頼」や「尊敬」はあくまで個々の感情ですから、指示や命令で影響力を行使することはできません。だからこそ本書では、影響を及ぼせないことを重視するのではなく、結果としてそのような信頼や尊敬が生まれるような行動を重視すべきとしているのです。
ほかに例を挙げるなら、スティーブン・R・コヴィーの著書『7つの習慣』の中では「愛は動詞」と表現しています。つまり愛というのは、愛するという行動の結果であると。
これと同じように、信頼や尊敬も自分がコントロールしきれない他者の「動詞」。互いに信頼し尊敬し合うためには、ロジックで説明できない直感的な思考を司る右脳中心のリレーションが必然的に増えていくことになります。
しかし、現代のビジネスにおいてメンバー全員が右脳(直感)でチームビルディングをこなすことは不可能な話。そこで、本書は右脳の行動を左脳で分析・分解していけば必要な要素を満たしやすくなり、心理的柔軟性のあるリーダーシップにつながると提案しています。
心理的要素は左脳で【行動】に変換できる
では実際に、先ほど挙げた3つの必要な要素について分析・分解し、行動に落とし込んでみましょう。
・変えられないものを受け入れる
ミスやトラブルがすでに起きてしまったのであれば、その事実(過去)は変えられません。ですが、そこで前向きに検討し、次回から同じことが起きないように工夫をすることで未来を変えられます。
・大切なものへ向かっていく
まず、組織の使命・ビジョン(仕事の意義や目標)を言語化することが大切です。言語化によって組織と個人の方向性が一致して、はじめてモチベーションにつながります。なお、ティール組織などレベルの高い集団は言語化した上で、常に議論しながら修正していきます。
ポイントは、メンバーが単なる「上から与えられた使命やビジョン」として受動的に捉えないこと。
組織かつ個人のミッションステートメントとして作成から参画し、本人のありたい姿とつながらないといけません。
・マインドフルに見分ける
マインドフルとは、今ここに意識を集中している状態です。
ハーバード大学の調査では、人間は考えても仕方のないことに意識のある時間の45%を消費していることが分かっています。
そこに対してマインドフルの状態を維持することでムダな45%を減らし、思考の中で変えられるものと変えられないものの仕分けや、変えられる方法の模索をするのです。そのトレーニングとして代表的なのがマインドフルネス(瞑想)。日本では仏教における坐禅がそれにあたります。アップル社を創業したスティーブ・ジョブズを始め、多くの経営者が取り組んでいたのは有名な話です。
ちなみに、分析・分解して行動に落とし込むことは、前回のコラムで説明した心理的安全性の「4つの因子」でも可能です。この機会にご紹介しましょう。
・話しやすさ
最後まで否定しないで聴く(傾聴)、ひとり1回は発言する、相づちをうつ、目を見て報告を聞く、雑談する、オンライン時は常時カメラ・マイクON、内容が悪い報告を受けてもまず報告したことを褒める など
・助け合う
困りごとを言い合える場をつくる、ひとりで対応できないことを認める、トラブルを楽しむ など
・挑戦
内容や結果に関係なく挑戦自体を褒める、失敗を歓迎する など
・新奇歓迎
常識に固執しない、自分語りはやめる、批判は脇におく、違いを良し悪しではなく「違い」として認める など
このように、心理的安全性に関しても「心理」の部分を論理的かつ具体的に行動として導き出せば、トラブルが起きても直情的にならずに、心理的安全性を保った状態で対策を実施できます。
心理的安全性の確保には心理的柔軟性のあるリーダーシップが必要不可欠。 リーダーは信頼や尊敬というタスク化できない要素に対し、結果として信頼や尊敬が生まれるような具体的行動を重視します。
その際、感情に左右されがちな情報はいったん左脳で処理できるように分析することが肝心です。
心理的柔軟性が足りないと、トラブルに直面したときに自らの感情を処理することを優先してしまいます。その結果「役に立たない正論」を部下やメンバーにぶつけてチームの心理的安全性を下げてしまうのです。それよりも「仕事をしている上でトラブルは起きる。正解のない時代において、想定外のことも単なるビジネスの前提条件に過ぎない。それならチーム全員でイレギュラーを楽しもう!」と考えられるように心がけてみてください。