今回は弊社のシニアパートナーコンサルタントであり、組織開発マネジメント(JQA)のエキスパートとして数々の企業を「成果を生み出す組織集団」に変えた森部一彦さんにお話を伺いました。
人手不足などで疲弊した現場をどのように改革すべきか、また、現場力を高めて成果を出すために、経営のトップや中間管理職は何をすべきか。その方法やうまくいくコツをご紹介します。
現場力を高めるには?
組織変革に携わるようになった経緯と、なぜトヨタ生産方式を導入しようと思ったのかを教えてください
私は、大手電機グループのシステムインテグレーター企業に勤めていました。
当時は情報化社会を迎え、システムエンジニアは、新3K(きつい・帰れない・給料が安い)と言われるほど大変な労働状況でした。しかし、従業員はみんなやりがいをもって働いていたんです。
会社の業績は順調でしたが、ITバブルの崩壊で転機が訪れました。システム需要は減少し、パートナー会社との契約をやむなく縮小。ところが、その後システム需要が早々に回復したので現場は一気に人手不足に陥り、品質トラブルや納期の遅延が頻発するように。現場はかなり疲弊しましたね。
その対策の一つとして、一足先にハードウェアの生産現場で展開していたトヨタ生産方式を入れて、ソフトウェアの現場でも生産性を高めていくことになり、私はその推進者として組織変革に取り組むようになったんです。
それまでトップダウンでさまざまな取り組みが展開されていましたが、肝心の成果が出なかった。それで「自分たちが困っていることは自分たちの手で解決していこう」と、小規模のチームを作って活動を開始しました。
トヨタ生産方式による組織改革は何がキーポイントになりましたか?
現場の従業員が主体的に創意工夫や改善をしていくこと。これがトヨタ生産方式による組織改革のキーポイントになりました。
当時は先行きの不透明さから経営と現場の間に溝ができ、現場にも迷いがありました。そのため、現場に対して「自分たちのために改善活動をしていこう」と、主体性を持つよう促したんです。取り組む目的や意義を明確にしながら、自分たちの「ありたい姿」について話し合い、将来へのビジョンを具体化していきました。
経営と現場の距離が一気に縮まったきっかけは、経営トップが月に2回、6時間から8時間ほど現場へ行き、改善の状況を見て、現場の人たちと直接対話をするようになったこと。対話によって、現場はトップの想いを理解し、トップも現場の実態が見えるようになりました。それで一気に、お互いの「ありたい姿」に向けて頑張っていこうという雰囲気になったんです。
経営トップが現場の実態を理解して、現場が主体的に行動し始めた。それで上と下が近づいたということですか?
その通りです。会社の雰囲気が良くなかったとき、上は「現場が自主的に考えて動かない!」と思っていたし、現場は「上が現場のことをよく理解していない!」と思っていた。
それが、現場は経営トップの考え方や想いを知り、経営トップは現場の実態を知ることで意識がガラッと変わったんです。そこからは私も改善に向けてスムーズに支援できるようになりましたね。
「現場力を高めるには?」の回答としては、まずトップが現場を知る努力をすること、そして現場は主体的に動くということですね?
はい。現場がいくら頑張っていても、経営トップが無理解であれば冷めてしまいます。
最初の頃、経営トップには「従業員をとにかく褒めてください!」とお願いしていました。改善内容に褒めるところがないなら「発表のとき元気があったね」「資料の色づかいが良かったよ」といったことでもいいので褒めてくださいと。変化することは誰もが怖いので、経営トップが率先してみんなを勇気づけていかなければいけないんです。
経営トップが現場を理解する姿勢をきちんと示していくことが、現場力を上げる最初のポイントだと思います。
そして、自分たちの「ありたい姿」を言語化していくことも大事。
「私たちはこういう働き方がしたい」「お客様にこういう風に貢献していこう」と、自分たちの目指す「ビジョン」を実感しやすい言葉で表現していくんです。そうすれば、ありたい姿を実現するためにクリアしなければいけない課題が把握できますし、仕事の進め方をどのように変えていけばいいのか定まります。
ゴールをしっかり決めて、何をしていけばいいのか逆算して落とし込む。それが重要なんです。
組織のリーダーがやるべきことは?
次は「組織のリーダーがやるべきことは?」というテーマですが、さきほどまでは経営トップと現場、ピラミッドの「上」と「下」の考え方でした。では、その「中間」、簡単に言うと中間管理職の人たちがやるべきことはなんでしょうか?
実は組織改革で抵抗勢力になりやすいのは中間管理職、具体的にいうと部長、課長クラス。なぜなら、彼らは売上の責任を取らなければいけないので、中長期的な改善よりも売上につながる「業績」や「目の前の仕事」を優先しがちだからです。そんな彼らが変わったきっかけは、部下たちが自律して動き始めたこと。それまで、現場管理職の役割は部下に一つひとつ指示を出し、進捗を管理することでした。そのため、タスクを処理するのに時間がかかっていたんです。ですが、部下たちが目的を理解して主体的に考え、行動するようになると、自分たちがすごく楽になることがわかった。つまり、現場の主体性を高めていく方が結果として管理しやすいことが理解できたのです。
「部下を放任すると成果が出ないのでは?」と考える人もいますが、大事なのはきちんと部下を見守り、適切な助言をしながら成長させていくこと。ピラミッドの上ではなく、ピラミッドの下にリーダーが位置する形で支えていく「サーバントリーダーシップ」の方が、今の世の中には合っているのではないかと思います。
中間管理職の中には傾聴が苦手で「ついてこい!」と引っ張っていく方が得意だという人が一定数いると思います。そういう人たちにとって、サーバントリーダーシップは難しいのではないでしょうか?
誤解されがちですが、傾聴というのは「聞く」ことではなく「受け止める」ことです。リーダーは当然、自分の考え方を持っているので、部下の話す内容が自分の考えと違う場合「それは違うよね」と言ってしまう。ですが、風通しの良い職場にするためには、誰もが安心して発言できる雰囲気を作らなければならないんです。
「それは違う!」と言いたくなる気持ちを少しの間だけ横に置いて、部下に対し「ここでは何を言ってもOKだから、あなたの意見も言ってみて」と、いったん受け止めてあげてください。その後に「例えば、私の経験では……」と話せばいい。それなら心に余裕を持てるので傾聴がもっと楽になるはずです。
傾聴を我慢できずに「いいからだまって俺についてこい!」とさえぎってしまうと、次から部下は発言しなくなります。そうやって無自覚に発言できない環境を作ってしまって「部下は何も言ってこない」「俺が言わないとメンバーが動かない」と悩むのが、管理者の典型的な悪いスパイラルですね。
私がよく言うのは「部下の行動を通して、成果を出していくのがリーダーの役割」ということ。
リーダーがいくら頑張っても2倍働けるわけではありません。1+1が2より大きくなるようなチームに育てて、相乗効果を生んだほうがいい。リーダーとして、そういった役割を果たしてくださいと伝えています。
成果を生み出す職場とは?
では「成果を生み出す職場」についてですが、PDCAといったいわゆる改善のスキームで組織力を上げて、成果を出すためのコツはありますか?
成果を出す職場はPDCAサイクルの「C」で、チェック(Check)だけでなくコミュニケーション(Communication)も重視しています。チェックとコミュニケーションによって振り返りや共有をして、失敗したことも含めて学習(Learning)していく。
※図参照
失敗した本人が学習するのは当然ですが、成果を出すチームはコミュニケーションによって他の人の経験からも学んでいきます。そこが強いんですよね。定期的にチームで「C」(振り返りと対話)をして「L」で組織学習をしていく。すると、学習成果は次の「P」(計画)に活かされ、スパイラルアップでチームの集団知性が高まっていきます。成果がなかなか出ないチームの多くは「P」と「D」のみを実施して「C」は各人で行うことが多い。それをチームで対応するのが成果を出すコツです。
また、PDCAを個人で回しているうちに仕事が属人化すると、ノウハウが個人の中に閉じてしまい、ベテランが退職した際に知見も一気に消えるといった問題が起きます。そうなると、成果を生み出す職場ではなくなってしまう。ですから、図にあるようなコミュニケーション(Communication)と学習(Learning)を組み込んだ2つのループを回していくことが大切です。
PDCA+Lサイクルを回すと、改善していく実感が得られるので「私は成果を出している」「役に立っている」といった自己効力感が生まれます。そうすると仕事に対するエンゲージメントがアップしていくと考えています。
令和の時代ならではの組織の課題とその解決策
いまの時代ならではの組織の課題はどのようなものですか?
最近では「在宅ワークで対話する場がない」といった課題が多いですね。
そのようなコミュニケーションの問題が起きたとき、私は「会話・対話・議論」の三段階を意識してほしいと伝えています。会話で人間関係を作り、人間関係が築けたら対話で背景理解、共有理解をしていく。そして、対話で相互理解を深めれば議論が成り立つようになります。
ちなみに、組織課題を抱えている会社の多くは、意思決定の話し合いをしても、議論には発展しません。それは議論の前の会話・対話がしっかりできていないからだと思います。
きちんと会話で関係性を築いた上で相互理解を深めれば、支援や助け合いができたり、早い意思決定ができたりします。
今の時代に沿った上司と部下のコミュニケーション方法はありますか?
先ほど言ったサーバントリーダーシップというのは正にそうだと思います。部下を見守りながら、高い目標を示して学習させていく。そして、目標を達成することによって評価し、常に成長させていくということです。
そのときにやってはいけないのが、いわゆる丸投げ。「これはお前に任せた、後は頑張ってくれ」ではなく、きちんと見守ることが重要です。声をかけて「つまずいていることはないか」と、フォローしていかないといけないと思います。普段から会話して話しやすい雰囲気を作っていれば、困っていることや悩んでいることを相談してくれるはずです。常日頃の関係性を大切にしましょう。
経営トップが指示命令のみで人を動かすのには限界があります。それよりも、一人ひとりが現場で考えながら動ける風土や、それができる組織能力を開発することが、現代は大事なのではないかと思います。
組織風土とよく言いますが、いち社員のレベルにはピンときません。「組織風土を変えろ」と言われても「私ができることではない」と思いがちです。しかし、チーム単位、組織単位で実施する「能力開発」だと考えれば具体的にイメージしやすくなります。それが最終的に組織風土になっていくと考えればいいと思います。