成人の発達心理学・リーダーシップ教育研究者として多数の実績をお持ちの渡邊理佐子さんにお話を伺いました。成人発達理論についてや、発達段階に基づいたリーダーシップ開発についてのお話をインタビューでお届けします。
プロフィール
渡邊理佐子

成人の発達心理学・リーダーシップ教育研究者/リーダーシップコーチ。慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI, Keio University Global Research Institute)客員研究員。ハーバード・メディカルスクール付属マクリーン病院コーチング研究所(IOC)フェロー。
ハーバード大学教育大学院 (Harvard University, Graduate School of Education) 在学中にロバート・キーガン教授に師事し、それを機に成人発達心理学をベースにしたコーチングを開始。キーガン教授の元、日本人で初めて認定発達度測定者資格(Subject Object Interview Reliable Scorer)を取得。認定ITC(自己変革)コーチ(Certified Immunity-to-Change™ (ITC) Coach)、認定ITC(免疫)マップファシリテータ(Qualified ITC Map Facilitator)、Immunity-to-Change™ (ITC)自己変革ファシリテータ資格取得。リーダーシップサークルプロファイル360度評価(Leadership Circle Profile™)資格取得。
日米の高等教育機関と成人の発達度測定に関する共同研究を行っている。マサチューセッツ工科大学(MIT)にて探求型学習やアクティブラーニング教授法を利用した理数科教育プログラムに携わった経験も持つ。
ハーバード大学教育大学院(Harvard Ed.M. 教育学修士)、ペンシルベニア大学行政大学院(UPenn MPA. 行政学修士)、上智大学卒業。コロンビア大学博士課程所属。専門は組織とリーダーシップ。
成人発達理論に基づくリーダーシップ開発とは
成人発達理論との出会いや、その概要について教えてください
私はもともとメーカーで人事・人材開発の仕事をしていました。人の成長や育成に関してずっと興味があったので、専門的に学ぼうとアメリカのハーバード大学教育大学院に進学しました。そこには成人発達理論の提唱者であるロバート・キーガン教授がいて、私は政策を学ぶつもりだったのですが「せっかくなら著名な教授の授業をとろう」と思って軽い気持ちで受講したんです。そしたら内容がものすごく面白くて。それで政策ではなく、成人発達理論に軸足を移すことにしました。
その後、成人発達理論に基づくコーチングやアセスメントの資格を取得し、エグゼクティブコーチングや企業の幹部研修などを行うようになりました。アメリカではシニアリーダー向けのプログラムが色々ありますが、成人発達理論はリーダーシップ開発で最も重要な理論の1つと言われています。
成人発達理論は、正式には「構成主義的発達理論」と呼ばれており「世の中の現実は人が作り上げているものだ」という考え方に基づいています。つまり、自分がその世界をどう認識するかによって、その人にとっての現実も変わるということです。そして、人は成長するにつれて物事の捉え方が変わっていくので、その認識が変わっていくたびに現実も変わっていくという考え方となります。
キーガン教授の理論では、幼児期の第1段階を過ぎた後、大人の発達段階は大きく4つに分かれています(その間に小さな段階が4つずつあり、正確には合計16段階)。
- 第2段階(自己至上の段階):これは主にティーンエイジャーや一部の大人がいる段階で、自己中心的な視点を持っている状態です。物事を「自分にとって得か損か」「取引としてどう成立するか」といった視点で捉えることが多いです。
- 第3段階(社会化の段階):この段階では、所属するコミュニティの価値観を取り入れて、自分のものとしていきます。会社、学校、ボランティア団体など、どこかのグループに属し、その価値観に忠誠心を持つようになります。
- 第4段階(自己主導の段階):ここでは自分自身が独自の確固たる価値観やビジョンを持ち、それに基づいて行動を判断していくようになります。この段階に達すると、組織のリーダーとしての力が発揮しやすくなると言われています。
- 第5段階(自己変容の段階):この段階まで来ると、自分の価値観だけでは解決できない複雑な問題に向き合うようになり、ほかのシステムや異なる価値観を取り入れながら、共創・学習していく姿勢を持つようになります。
統計によると、組織のリーダーの多くは「第3〜第4段階の間」にいると言われています。ただ、今の世の中はどんどん複雑化し、AIやテクノロジーの発展、環境問題など、従来のやり方では解決できない課題が増えている。そうすると、リーダーたちも第4段階を超えて、第5段階に近づいていく必要が出てきているのではないかというのが、現在の論調です。
このように、成人発達理論に基づく階層分けによって、段階的にコーチングのアプローチも変わってきます。そのために重要なのが、まず「自分が今どの段階にいるのかを評価する」ことです。

アセスメントの重要性と発達志向型組織について
アセスメントの重要性について教えてください。また、発達志向型組織とはなんでしょうか?
アセスメントの重要性に関してまず知っておいてほしいことですが、人の成長には「水平型」と「垂直型」があると言われています。
水平型の成長:新しい知識やスキルを身につけること。例えば、マネジメントスキルを学ぶ、データ分析のスキルを身につける、といったものが当てはまります。例えるならコンピューターのアプリケーションをインストールするようなものです。
垂直型の成長:思考の複雑度を高め、物の見方や世界の捉え方そのものを変えることです。例えるならコンピューターのOS自体をアップデートするようなものです。
これはどちらか一方だけでは不十分で、両方の成長が必要です。特にリーダーシップ開発においては、OS(考え方の枠組み)が変わらないと、アプリケーション(新しい知識やスキル)を入れても、結局古い考え方のままで使われてしまい、思ったような成果につながらなくなってしまいます。
企業において、アセスメントが重要なのはこのためです。例えば、新入社員に求められることと、管理職に求められること、そして経営層に求められることは全く違いますよね。職位によって仕事の複雑さ、関わる人の数、判断する範囲の広さなどがどんどん変わっていく。そのときにアサインする側は「この人は今、どの発達段階にいるのか?」「このポジションを任せるのに十分な思考の複雑度を持っているか?」を把握することが重要になります。
逆に適材適所の観点からも、アセスメントは有効です。「このポジションにはこの人が最適」と判断するための指標になりますし、もしその人がまだ成長途中であれば、どのように育成すれば良いのかのヒントにもなります。
発達志向型組織についてですが、これは発達理論をもとに組織全体が成長していけるようにするアプローチで、単に個人がスキルを学ぶだけでなく、組織として成長できる環境を整えていくものです。そのためには、1999年にハーバード・ビジネススクールのエイミー エドモンドソン博士が提唱した心理的安全性が重要になります。「失敗しても学びに変えられる」「自由に意見を言える」環境があることで、人はチャレンジし、成長していけるからです。
最近では、国連でも「Inner Development Goals(IDGs)」という概念が提唱されています。これは、SDGs(持続可能な開発目標)を達成するためには、外側の環境だけでなく、内側の発達も必要だという考え方です。気候変動などの大きな問題はひとりのリーダーが解決できるものではなく、異なる価値観を持つ人々が協力しないといけません。そういうときにこそ「発達したリーダー」が求められるわけです。
企業の人事担当者も「評価制度をアップデートする意味があるのか?」と考えることがあるかもしれません。ですが、組織のリーダーを育てるという視点に立つと、評価制度やアセスメントは単なる「人事管理のツール」ではなく「組織を発展させるための仕組み」として捉えることができます。結局、企業が持続的に成長するためには、そこで働く人たちの成長が不可欠です。そのために、どのような評価・育成の仕組みが必要なのかを考えることが大切ではないかと思います。

管理職のアセスメントにおける日米の違い
管理職のアセスメントにおける日米の違いについて教えてください
アセスメントの仕組み自体は基本的にそこまで違いはありませんが、評価の際の「価値観」は国によって多少異なります。特に日米を比較すると「管理職に求められる資質」や「評価基準」に違いがあると感じています。例えば、日本企業の管理職アセスメントでは「組織内の調整力」「経験の積み重ね」「年次に応じたリーダーシップ」が重視される傾向があります。一方で、アメリカでは「個人の成果」「意思決定のスピード」「変革を推進する力」といった要素が評価基準として重要視されることが多い。この違いが職場の心理的安全性や組織開発にどのような影響を与えるのか。企業にとってはそこがポイントになってくると思います。
アメリカの管理職アセスメントでは、個々のリーダーが「いかに成果を出すか」が問われます。失敗を恐れず、どんどんチャレンジし、自らのリーダーシップを発揮することが求められる。そのため、心理的安全性の高い組織では「失敗は学びの一部」という考え方が根付いていることが多いです。リーダー自身が「自分も完璧ではない」とオープンに話し、部下も率直に意見を言いやすい環境がつくられる。このような環境ではイノベーションが生まれやすく、組織全体としての成長スピードも速くなる傾向があります。
一方、日本企業の管理職評価では「どれだけ周りを調整できるか」「組織の和を保てるか」が重視されることが多いです。その結果、リーダー自身が「失敗してはいけない」「和を乱す発言をしてはいけない」と感じ、チャレンジよりも無難な選択をしがちです。
また、日本企業ではいわゆる「あ・うんの呼吸」や「空気を読む」といった風土が根強くあるため、明確に意見を主張することが難しくなることも。その結果、部下も「上司に意見を言うのはリスクが高い」と感じ、心理的安全性が下がるケースが見られます。
こうした日米の違いを踏まえると、日本企業の管理職アセスメントにおいても、もう少し「心理的安全性」を意識した評価があってもいいのではないかと思います。日本企業ならではの「調整力」や「協調性」を大切にしながら、より心理的安全性を意識した評価制度を取り入れることで、管理職がより主体的にリーダーシップを発揮できる環境が生まれるはずです。

管理職や組織のリーダーへ伝えたいこと
日本の管理職経験者や組織のリーダーへメッセージをお願いします
「部下を育てろ」「組織力を上げろ」と言われても、何から手をつければいいのか分からない。そう感じている方が多いと思います。特に、長年現場で培った経験を活かして管理職になった方にとっては「自分がどう変わればいいのか」「どんなリーダーであるべきか」と悩むこともあるかもしれません。
ですが、リーダーシップは外から与えられるものではなく、自分の内側から育てていくものです。まずは、恐れずに「自分を知ること」から始めていくのが近道なのではないでしょうか。
成人発達理論などはその良きツールとして活用に足る考え方だと思いますし、それ以外にも試したことのないアセスメントツールを使ってみたり、普段読まないような本を手に取ったり、新しい学びの場に参加してみたりすることで自分の思考の幅が広がり、ヒントが見つかるはずです。リーダーとしての成長は「新しい視点を柔軟に取り入れ、自分自身の複雑度を高めていくこと」が大切だと思います。